名古屋地方裁判所半田支部 昭和42年(ワ)64号 判決 1969年9月24日
原告 須崎自動車株式会社
右代表者代表取締役 須崎鹿三
右訴訟代理人弁護士 富岡健一
被告 神谷憲一
右訴訟代理人弁護士 浅野隆一郎
同 祖父江英之
主文
被告は原告に対し金二九〇万六、八四〇円及びこれに対する昭和四三年一〇月三一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
「一、被告は自動車の販売及び自動車の鈑金工事、塗装を業とする訴外愛協自動車有限会社(以下、単に愛協自動車という)が昭和四一年五月二七日設立されると同時にその取締役に就任し、現在に至るまでその職務を行っているものである。
二、中古車販売を業とする原告は愛協自動車に対しその設立直後より同年八月中旬頃までの間中古車を継続的に売渡し、その代金支払のため、同社より別紙目録(イ)表示の約束手形一七通及び同(ロ)表示の小切手一通の振出交付を受け、また同(ハ)表示の約束手形三通につき拒絶証書作成義務を免除の上、その裏書譲渡を受けたので、右約束手形合計二〇通全部を満期に、小切手一通を昭和四一年八月一九日に、夫々支払のため支払場所に呈示したが、いずれもその支払を拒絶され、原告が現にその所持人である。そして、原告は昭和四三年一〇月三〇日の本件第八回口頭弁論期日に別紙目録(イ)表示の2、3、の約束手形の白地部分を加古秀雄と、同(ロ)表示の3、の約束手形の白地部分を昭和四一年五月二九日と、夫々補充したが、愛協自動車をはじめ約束手形の振出人、裏書人とも右約束手形、小切手を支払う能力を有しないので、原告は右手形金、小切手金合計金二九〇万六、八四〇円の損害を蒙った。
三、ところで、愛協自動車本店所在地の修理工場及びその敷地は訴外加古秀雄所有のものであり、本件取引当時、同社は他に不動産をはじめ見るべき資産を全く有していないのに原告以外の者に対しても多額の債務を負担し、しかも農業を本業とする被告は会社業務を使用人たる訴外加古秀雄に委せきりにしたまま放置していた。すなわち、被告は愛協自動車の取締役として右訴外加古に対する監督を怠り、さらに当時における同社の資産状態からして果して満期にその支払ができるかどうか、その見込が極めて薄いのにも拘らず、原告との間で本件取引をなし、同社名義で漫然右手形、小切手を振出し或いは裏書し、その結果、原告をしてこれが支払を受けえなくさせた。
被告が愛協自動車の取締役としてなした右行為は有限会社法第三〇条ノ三所定の取締役がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があった場合に該当するものというべく、被告はこれがため第三者である原告が受けた前記損害を賠償する義務がある。
四、仮に、叙上の主張にして理由がないものとしても、原告と愛協自動車との間の本件取引ないし本件約束手形、小切手の振出、裏書は同社の従業員たる訴外加古秀雄により同社の業務の執行としてなされたものであるところ、被告は同社の取締役としてその業務執行権限を有し使用者たる同社に代わって被傭者たる右訴外人の選任監督に当っていたものであるから、被告は民法第七一五条第二項に基き、右訴外人が前記のとおり原告に対し加えた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
五、よって、原告は被告に対し前記損害金二九〇万六、八四〇円及びこれに対する各約束手形の満期並びに小切手の呈示の日以後にして白地補充の日の翌日である昭和四三年一〇月三一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と陳述し、
「被告のなした自白の撤回にはすべて異議がある」と述べ(た。)
立証 ≪省略≫
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
「一、原告主張の請求原因第一項の事実について、はじめ愛協自動車が自動車の販売を業としている点を否認しその余の事実を認めたが、そのうち被告が現在に至るまで右会社の取締役の地位にあるとの点は真実に反する陳述で錯誤に基いてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。被告は右会社設立後二ヶ月ほどして取締役を退任している。もっとも、右退任の登記は同会社に委せていたところ、司法書士への登記申請料の支払がなされなかったため未了のままになっているが、被告が退任した事実に変りはない。
二、同第二項の事実については、はじめ、原告がその主張のような損害を蒙った点を否認し、その余の事実を認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基いてしたものであるから、その自白を撤回し、すべて否認する。愛協自動車が中古車の販売仲介を営業の内容としたことはなく、また常に現金取引で営業していたものであって、本件約束手形、小切手は右会社が振出し若くは裏書したものではなく、すべて偽造にかかるものである。右会社は原告主張の自動車売買及びその代金支払のための本件手形、小切手の振出、裏書には全く関係がないものである。
三、同第三項のうち、愛協自動車本店所在地の修理工場及びその敷地が訴外加古秀雄所有のものである点のみ認め、その余の事実は否認する。
四、同第四項の事実はすべてこれを否認する。」と述べ(た。)
立証 ≪省略≫
理由
一、被告が昭和四一年五月二七日愛協自動車設立と同時に、その取締役に就任し、現在に至るまでその地位にあることは当事者間において争のないところである。
(なお、被告は右の事実のうち、被告が現在に至るまで愛協自動車の取締役の地位にあるとの点につきその自白を撤回したが、≪証拠省略≫によれば、被告は取締役に就任して約二ヶ月経過した頃、後記認定の如く実質的に右会社の経営に当っていた訴外加古秀雄に対する不満から、同訴外人に対し一方的に辞任の意思を表明し、爾後会社事務所に出てゆかなくなっただけで、その旨の登記は勿論、右会社に対して辞任の意思表示をすることもなく、また右会社においては取締役の定員が一名であるのに後任取締役の選任手続もなさないまま、現在に至っていることが認められるので、取締役辞任の効力を生ずるに由なく、右自白にかかる事実は真実に合致するものというべきであるからこれが自白の撤回は許されない。)
二、≪証拠省略≫を綜合すれば、次のとおりの事実が認められる。
訴外加古秀雄はかねて中古車販売並びに修理を業とする訴外太洋モーター株式会社を経営していたものであるが、営業不振のため倒産寸前の状態で得意先との取引も思うにまかせなくなったので、これが打開をはかるため、信用される人物を代表者に据えて新しく会社を設立しようと企て、被告らに対し会社設立を呼びかけたところ、当時右訴外人に対する貸金債権の取立に苦慮していた被告は新会社からの利益をもって債権の回収にあてようとの考えのもとに、これに賛成し、その結果、ここに訴外太洋モーターの従業員訴外山崎、大村両名を加えて、昭和四一年五月二七日資本金一〇〇万円で自動車販売並びに自動車の鈑金工事塗装の業務を目的とする愛協自動車が設立され、被告がその取締役に就任し(以上のうち自動車の鈑金塗装を目的とする右会社が右の時期に設立されそれと同時に被告が取締役に就任した点は当事者間に争がない)名古屋市中村区稲上町一の三三所在の訴外加古が所有し訴外太洋モーターが使用していた土地、事務所、修理工場に本店を設置し(右会社の修理工場とその敷地が右訴外加古の所有であることは当事者間に争がない)修理道具、什器備品類一切も右訴外人から借り受けたうえ、操業を開始したが、同年八月一六日に既に手形の不渡を出し、設立して約三ヶ月後には早くも休業状態に陥り、現在に至っていること、被告は農業を本業とし、自動車販売等の事業には全く経験がないところから、当初会社事務所に出勤はしていたものの、右会社業務のうち営業面一切を訴外加古秀雄に委せ(もっとも、経理面については被告において監督し、右訴外人に対し代金支払のための手形小切手を代行して振出す権限までは与えていなかった)同訴外人の指示に従う右訴外山崎、大村のほか女事務員一名をもって会社を運営していたこと、一方、原告はそれより十数年前から訴外加古秀雄との間で自動車販売等の取引を継続してきたところ、同訴外人の経営する訴外太洋モーターが休業状態に陥ったため、一時同訴外人と取引することを警戒していたが、同訴外人から新しく設立された愛協自動車との取引を要請されるや、同会社を信用し、同会社に対し中古車を売掛けたこと、そこで、訴外加古秀雄は右買掛金分割支払のために、愛協自動車本店事務所机上もしくは抽出のなかに鍵もかけずに放置してあった右会社取締役神谷憲一名義のゴム印と代表者印を使用し、被告不知の間に約束手形及び小切手用紙の振出人欄に右ゴム印と印章を押捺したうえ、別紙目録(イ)表示の約束手形一七通と同(ロ)表示の小切手一通を作成し(さらに、そのうち2、3、の手形については裏書欄に加古秀雄の記名捺印をしたうえ)たほか、同(ハ)表示の約束手形の裏書欄に前同様右ゴム印と印章を押捺したうえ、これらをすべて原告に交付したこと、右のようにして訴外加古から本件約束手形、小切手の振出交付ないし裏書を受けた原告はそれらをその各呈示期間内に夫々支払場所に支払のため呈示したところ、いずれも取引解約後を理由に支払を拒絶され、次いで原告主張のとおり白地部分を補充したが、結局他の手形債務者も支払不能の状況にあるため、右手形金、小切手金全額の支払を受けられず、右額面金相当の損害を蒙ったこと。
以上の各事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる措信できる証拠はない。
(なお、被告は当初自己が愛協自動車の取締役として本件約束手形、小切手を振出し若くは裏書したことを認め、その後右自白を撤回したところ、右自白にかかる事実は前認定の如く真実に反することが認められ、錯誤に基きなされたものであることが推認されるので、右自白は撤回されたものというべきである。)
三、叙上認定の事実によれば、被告は愛協自動車の取締役に就任したものの、会社の資金資産は殆んどすべて訴外加古秀雄から借受けていたばかりでなく、実質的な営業業務はこれを挙げて右訴外加古に一任し、僅かに会計経理を監視していたがその監督も極めて杜撰であり、会社代表者印も従業員に託したと称して施錠設備もないところに放置したまま顧みず、ために右訴外人が自由にこれを使用するにまかせた結果、本件手形、小切手が振出、裏書されたものであるから、被告の右所為には会社業務に従事するものに対する指揮監督を懈怠し会社財産保管義務に違反すること甚だしきものがあったものというべく、正に有限会社法第三〇条の三所定の取締役が職務を行うにつき重大な過失があった場合に該当するものといわざるをえず、そのため原告の蒙った前判示損害は被告においてこれを賠償する義務あるものといわなければならない。
四、よって、被告は原告に対し前示損害金二九〇万六、八四〇円及びこれに対する各約束手形、小切手の呈示の日以後にして白地補充の日(本件第八回口頭弁論期日)の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一〇月三一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものというべく、これが支払を求める原告の本訴請求は、予備的請求原因についての検討にはいるまでもなく、正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉浦龍二郎)
<以下省略>